築150年?祖父母の家が

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少し前に祖父母(母方)の家を取り壊し更地にした、ときいて、寂しい思いがつのっています。
私が小学校に上がるまで、母は体が弱く入退院を繰り返していたので、
私は祖母に預けられることが多く、その家でかなり過ごしていました。
今までも、夢に出てくるのは、自分の実家ではなく、祖母の家。
大きい母屋と離れが2つか3つ。
世話をしてくれたのは曾祖父母で、離れに住んでいました。
祖母は、日本人形や、ちぎり絵や墨絵など教えていたので、私も預けられていた時は教わりました。

母屋は、150年は経つと思われます。玄関から入った土間の上は吹き抜けのように天井が高く、
大人の両手を広げてもまわらないほどの大きな梁がありました。
壊すのはさぞかし大変だったと思われます。
どこかの古民家再生などに、再利用されてたらいいのになあって思います。




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仏壇は200年ぐらいで、仏間に壁のようにドカーンとありました。
時代劇に出てくるような蔵もありました。
中庭の一つには池があり、
3枚目の写真は、もう一つの中庭です。
昔は、そこに温室も2つあり、庭も花がいっぱいでした。
祖母はベコニアの新種をつくるか、育てるか?などを本格的にやっていたので、ベコニアが特にいっぱいでした。
なんでもパワフルにやる人でした。








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私の実家は大阪市平野区です。その中でもかなり端っこで、隣の市へもすぐ。まだまだ田舎な雰囲気残るところです。先週実家に帰ったら、庭に自生のスギナがはびこり「今年は、つくしがいっぱいはえてたからねえ」
って母が言ってました。どくだみも今年はかなり増殖してました。
実家は、父方の実家と母方の実家のちょうど真ん中ぐらい。
どちらにも徒歩10分弱で行けるぐらいでしたので、とくに母方のほうには、
私は頻繁に行っていたので、年代物の建物自体にも思い出とともにかなり愛着があったのです。
母の兄弟4人。その子供たち10人。きっと私が一番、思い入れが強いと思います。

こうして書き記していると、また、寂しい思いになってきます。
20年ほど前に祖父母が亡くなって、それ以後、親戚が少し住んでいたこともあったようですが、
ほとんどだれも住まず空き家。みんな遠かったので。
家の中や庭の状態がよかったのは、近所の知り合いに頼んで、時々手入れしてもらってたとか。
ああ~なんとかできたかもしれないのになあ~って悔やまれます。



20080619撮影

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